古代史が解けない訳

古代史が解けない訳
百余国が争っている中、各地域が牽制し合っている中、王の様な者が移動して国外で実績が残せる訳がありません。
言うまでもなく、実質的な天皇は居なくて、各国の王に成ります。 
邪馬台国の卑弥呼が亡くなり、台与が継ぎ、大和朝廷に替わって卑弥呼も台与も歴史から消えました。 
邪馬台国が分裂し始める前の統一連合の卑弥呼は統一の象徴です。 
大和朝廷から実質天皇の始まりです。 
神武天皇は実在しますが、西暦300年頃です。
それまでは各国の王です。

誰々の子孫だと言って脈略を作り、上位に立とうとする者は各地に多く居たはずです。
有名な人は、善くも悪くも名前をもっともらしく使用された痕跡が全国にあるのです。
時の勢力が事実を捏造するのは当たり前です。
時の勢力の文書、各地の嘘の脈絡、それらの不確かが根拠とされ証拠となり、冤罪を晴らさせない楔となっています。

棺の上に各地方の土器が割れて埋まっているのは、各地方から葬儀に参列しに来た者が奉納した訳ではありません。
生前使った物や所有物には魂や念が宿っているので、壊して魂を抜いて、あの世に旅立たせるのです。 
鏡が割ってあるのも、宿った魂を次のシャーマンへ引き継ぐという意味もあると思います。 
石上神宮は武器庫ではありません、剣に籠った魂を鎮める神社だと思います。 
宇摩志麻遲命は鶴に乗って鶴降山に降りたのではありません、亡くなったので魂が鶴に乗って来たと言ったのです。
政治=政(まつりごと)は神祭りをしてシャーマンに憑依した神霊が言った言葉で行われました。 
現代のスピリチュアラーのように、その憑依した霊には善い霊と悪い霊が居るので、審神者が判断します。 
穢れは人形や他人へ移し免れようとします。 
市杵島姫は(斎の揣摩)です。イツキ(潔斎して神に仕える) しま(揣摩=未知を推量する)優れた姫です。 
宇摩志摩遲は揣摩=シャーマンでもあります。 
猿田彦は(猿田の彦)です。猿田族の男王です。彦は王です。 
客人(マロト)は外人という感覚がない時の言葉で稀(マレ)な人の事です。 
当時の神や霊という感性を主体にプロファイリングしなければ、文書や遺跡を審神者出来ないのです。 
古代史を解くには多くの人の感性が必要なのです。
ずっとその感性を排除し続けています。

古代史研究には権威や立場は障害になります。
知識欲では解けません。
米の作り方も古代からの賜物で現代人が偉いわけではありません。
記紀に書かれている古代神話の事実を知りたいと思って古代史に興味を持ったはずなのに、古代史研究の大家から、記紀から外れる事は稚拙だ、無智な者の自己主張だ、と言われ、いつの間にか大家の押さえつけに洗脳されてしまい、大家の仲間入りをしている。 
先人の経験が、本や大家のピラミッドを作る事に私用され活かされていない。 
歴史を封じるということはスピリチュアルもパワースポットもまやかしであり、敬う心の先祖供養ではなく、先祖封じをし続けている状態です。 
歴史を知るという事は、人間を知り、自分を知るためにあるはずです。




ほつまつたえの訳にツクバを筑波と訳してますが
イザナギは筑波山に居たとは思えないのです。
筑波山という前は二神山と言う名で、たぶんイザナギよりずっと古い民の神と思います
それにイザナギは沖縄伊是名島の人物でイザナミはイザナギの妹になりオナリ神だと思います。日霊女が偉大なシャーマンだったので両親まで有名になったのだと思います。
それに、ホツマツタエの作者は内容から見て、記紀編纂者と同じ勢力者側に立っていますから、記紀編纂と同時代かそれ以降の作となりますけど、稗田阿礼・太安万侶・舎人親王などが何年もかけて編纂したものを、同時代の人が天皇側の意を察して作製していたなんて不合理でしょ。 
だから記紀を知っている人が、それ以降に書いたものだと思います。


3のアヤの22の筑波を私なりに訳してみました。 
ほつまつたえ 天の巻3(一姫三男生む殿の文)
赤字は本文 (カッコ内は)一字ごと意味を調べました 青字はカッコ内を更に翻訳
青字の下は翻訳の平均的な定説

キミト (君と) ミノミチ (未来の道)   君と今からの事を
                     君・臣の道
(しっかり) ノ ヲシエ (考え)     しっかり考えた結果
                     「と」の教えに
サカリ (栄え) モト (初め) ラハ    栄え始める第一歩なのだと
                     逆らい元に戻るのならば
ホコロバス (うながす)          自分に言い聞かせ
                     逆矛で征伐します。
コノフタハシラ (蛭子とアハシマ)     この二柱のヒルコとアハシマを
                     この両神イザナギ・イザナミの
ウム (産む) トノハ (たのは)      授かったのは
                     産殿は
アマノ (天の) ハラミト (腹の内と)   神の御意志と
                     天のハラミと
ツクバ(告くば) ヤマ (山ほど)     尽きるまで話し合い
                     筑波山 
アハチ (公け) ツキスミ (突き進み)   思い切って公にしましたが
                     淡路島・ツキスミ
クマノ (穢れ) ナリケリ          苦しみとなりました
                     熊野なりけり
                                               


2アヤの26の筑波は

たかひむすひの(タカミムスビの)            高皇産霊神の
                            高皇産霊神の
いつよかみ(神世5代) いみなたまきね(諱は魂巫覡)   神代5代の神巫女である
                            五代目の命、斎名はタマキネは
とようけの(豊受神の) ひめのいさこと(姫の伊佐子)   豊受神の娘の伊佐子と
                            豊受の娘のイサコと
うきはしお(浮橋を) はやたまのおが(速高男命)     尊き人との橋渡しを速玉男命が
                            浮き橋を速玉男命が 
わたしても(渡しても) とけぬおもむき(解けない想い)   渡しても、拒む伊佐子を
                            渡そうとしても、融けぬ趣き
ときむすふ(解き結ぶ) ことさかのお(事解男命) (険しい) 厳しく事解男が解き伏せる
                              事解男命が、融き結びました
けたつほの(蹴り立程) つさの(強く誘う) つくはの(言葉) 蹴立つ程のけしかける言葉の
                            多賀城市付近のケタツボから西南(つさ)の筑波山の
いさみやに(勇む様子) うなつきあみて(頷き合い)     勇ましさに、納得し合って
                              いさ宮でうなづきあって、
いさなぎと(イザナギ) いさなみとなる(イザナミ)     イザナギとイザナミは結ばれました
                              イザナギとイザナミと名乗りました
ふたかみの(二神) ましわるときに(交わる時に)      二人の性交は
                              二神の交わる時に
とこ(常) みきや(満気) とこは(女陰) とほこに(男根)  常に気が満ちナミはナギに
                              心融ける酒や、心は互いに
こお(子) もとむ(求む)                 子を求める
                              子を求む


28アヤの9の筑波は

たかみむすびの(タカミムスビの)         高皇産霊命が
                         高皇産霊命が
うえ(尊い)(都)きの(基)ふそ(先祖)ひの(亡き母)すすの(永く守る)  尊き治めた基を、先祖が守り
                                   植え継の二十一の鈴の
ももえのち(幾年後)いよ(伊予)たまきねの(魂巫覡) 幾年後、伊予の神巫女の
                         百枝後、五代タマキネの
いさこひめ(伊佐子姫)ななよのかみの(神世七代)  伊佐子姫、神世七代の
                         イサコ姫、七代の尊の
たかひとと(尊き人と)たかひの(尊き神)つさの(強く言う)  イザナギと神達が激しく
                             タカヒトとタカヒの西南の
つくば(話し合い)やま(多く)いさか(口論)(別ける)はなる(端)  話尽くし、意見が一致せず話し合うも
                                ツクバ山、イサ川端なる
みやにいて(宮に籠り)うなつきあみて(同意)     宮にて時がたち、同意したり
                           宮に居て、頷きあみて
ぎみあひて(疑味合う)なも(尚)いさなぎと      反論したり、それでも、イザナギと
                            キ・ミ合いて、名もイサナギと
いさなみの(イザナミ)あめふたかみの(天二神)    イザナミの二人に
                           イサナミの天の二尊の
みこなきお(御子無き)かれたまぎねの(故魂巫覡)   子が無いのを、故神巫女の
                           御子無きを、故タマキネの
かつらきの(褐羅綺の)やまにいのれば(御陵に祈れば) 神々しい御陵に祈れば
                           カツラキの山に祈れば
あめみおや(天御親)ひの(日)わの(輪)みたま(御魂)  天の神が日神の分け御魂を
                           天御親、日輪の神霊
わけくたし(別け下し)あまてるかみお(天照神)     別け賜り、天照大神を
                           分け下し、天照神を
うみたまふ(産み給う)               産み賜れた
                           生み給う



単語では

アキツ トンボの羽の様に薄く繊細な織物
イサカ 口論
イセ 細かく縫い縮める 集約した
イセノミチ 八方の声を聞き入れて言葉を集約した
イセノクニ イセノミチを型にした神の法の国
イソ 数が多い
イワト 言葉ではない心の戸
 魂を繋ぐ緒
カツ 褐(目の粗い)
ラキ 羅綺(薄い綾絹)
カツラキ 褐羅綺(目の粗い薄い綾絹、精妙な知識)
カトリ 固く織った絹布
カシマ やかましい 栄えた 評判の高い
カトリカシマ 基礎が良く栄えている
クマ 苦悩、神、穢れ
ケタツ 蹴って波や土煙を起こす
シマ 事情を推し量る(未知)
スス 古びる、永く守る
ニハリミヤ 新しく開墾した宮 王が替わる毎場所を替えて造営
ヒタカミノ ひたすらに一途に神を
タカヒ 尊い神霊
タカヒト 尊い人
タマ 魂、大切
タマキネ 魂巫覡(神巫女)=シャーマン(女=巫ふ、男=覡げき)
ケタツ(ホ) 蹴って波や土煙を起こす程、勇ましい
ツク 告ぐ、話
ツクハ 言葉(告く葉)
ツクバヤマ 語りつくす
ツサ 強くけしかける
ヤマ 御陵 沢山

Fula
フラは心の言葉であり心を表現する。 
文字を持たないのでフラとチャントですべてのストーリーを伝えます。 
プアは花のことですが、必ずしも花ではなく、子供であったり、夫や恋人などのことを言っているかもしれなくて、感じていることを意味します。
フラは75年間、宣教師達から邪教なものとして禁止されていましたので、多くのものを失ってしまいました。 
しかし、ハワイアンは独自の文化を取戻しました。
ハワイアンだけが住める土地もあります。
ハワイアンの神は火の女神ペレです。
ペレはクウアヘラニという何千マイルと離れた謎の場所からやって来ました。
そしてハレマウマウの火口に住むことにしました。
この瞬間にも大地は揺らぎ、辺りは噴き出す溶岩で輝き、それを見た人々は「ほら、ペレが来た」といいます。
(ハワイでは、マグマは太陽の欠片であり、日本では日神が火神を産む、火神の子孫火明命としたかもしれません。)
カメハメハ王はヘイアウ(神殿)を造るのに、人を生贄に捧げました。
カウーの王を招待し、殺してヘイアウに捧げました。
ハワイアンのように歴史をごまかさず伝えようとする民族や生物は知性を正しく使っていると思います。 
しかし歴史を曲げて伝えるということは、その時の浅知恵の欲の為に、たくらみという信頼を壊す争いの種を残す事になります。
知性の使い方がおかしいから、戦争に勝ったら立場(身分)が上になる。それなら法律は要らないのにおかしなことです。
だから戦争が無くならない。
戦争に勝ったら褒美がもらえるのです。
人権には差(身分)が発生して、強盗(強者)には権利が与えられる。
知性の使い方が明らかにおかしいのに誰も気づかない、誰も直そうとしない。
皆で全体意識の神を無視して、偏心意識の神を擁立し、独自の言い伝えを語り継いでいる。
歴史は、先人の経験を正しく伝えることで子孫が間違いを繰り返さない様に、知恵を重ねていき、語り継ぐことが大切なので、ごまかした歴史を伝える伝統を引き継ぐのであれば、歴史は民族の知性となる経験を無駄にし、先人の死を無駄にすることになる。
いくら供養をしても先人の魂を隠しているのですから、生きた証を封じたのですから、民族の知性はそこで途切れ、中身のない外面だけの供養、知性になると思います。
歴史を封じれば、嘘の誇りの為に魂を見失い、覚えられない法律を作り続けないと社会が維持できず、いずれ崩壊すると思います。
先人の経験を正しく伝えようとしない民族はいずれ崩壊するのです。
日本は歴史が長いように見えますが、大きな時代変化の時時に価値観が変わり知性の伝達が途切れています。勢力範囲外や他からの影響を受けなければ途切れずに済んだと思われます。
一番長く続いたのはアイヌと山窩ではないでしょうか。
長く続くほど、言い伝えを続ければ、穏やかになる事を学ぶことができ、身に付いてくるのだと思います。
他人の言う事を気にするあまり、尊厳をもって歴史を正しく子孫に伝えられなかった民族は、尊厳があるようには見えないでしょう。
いずれ使い捨てにされるような扱いを受けると思います。
現実を教えず、便利な理想を求める為に国や子孫に負債を作る現代の人には町には国には、信念も人格も権利も同情も無い。

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