ああつかれた constantly & auld lang syne

霊界に問いただすべき事
What I want the spirit world to answer is.

アセンションとか宇宙意識とか高次元上昇と言われますが、宇宙空間の飛翔岩石結晶には銀河宇宙線による傷があり、その宇宙線でさえ太陽風によりブロックされ、太陽風(プラズマ)は地球の磁場によりブロックされている。
It is said that ascension, space consciousness, and higher-dimensional rise, but the flying rock crystals in outer space are damaged by galaxy cosmic rays, and even those cosmic rays are blocked by the solar wind, and the solar wind (plasma) is the earth's magnetic field Blocked by

磁場に影響を受けない強力な電波とは違い、清めや穢れに影響を受ける神霊の波長が、地球の磁場を出るのは到底無理な話であろうと思えます。
Unlike the powerful radio waves that are not affected by the magnetic field, if affected the wavelengths of the spirits by sanctuary or unclean, spirits seems impossible to leave the earth's magnetic field.

更に魂が宇宙から地球に入って来るのであれば、地球が台地でない事、太陽が昇って沈むのではない事、地球が青い事は、数万年前から判っていないのは不合理と思えます。
Furthermore, if the soul enters the earth from space, it is irrational that the earth is not a plateau, that the sun is not rising and sinking, and that the earth is blue has not been known for tens of thousands of years ago. Isn’t it?

更にあの世で意識したことは現象化し、花や川、身体、パンやワインも現象化すると云う。
前世のシリウス等の記憶という見識は古代にはありませんでした。
シリウスを意識し始めた人間の意識が、シリウスを霊界で創造し、そこの記憶と思えます。
創造だから人間の科学の思考範囲に収まります。
In addition, in the spirit world, consciousness becomes a phenomenon, and flowers, rivers, bodies, bread and wine also become phenomena.
In ancient times there was no insight into the memory of the previous life, such as Sirius.
The human consciousness that began to be aware of Sirius creates Sirius in the spirit world and seems to be the memory there. 
Because it is creative, it falls within the human scientific thinking range.

シリウス派、十万年前の弱肉強食派、5千年前の星空派、太陽派、イエス派、マホメット派、山賊派等、各グループが創造しているパラレルワールドが現行していると思えます。
その価値観の違うグループを別次元と、表現していると思えます。
There seems to be a parallel world created by each group, such as the Sirius group, the 100,000-year-old the law of the jungle group, the 5,000-year-old starry group, the Sun group, the Jesus group, the Mahomet group, and the bandit group.
I think that the groups with different values are expressed in different dimensions.

UFOに至っては、空の浮舟は天から降りる乗り物として船しか考えられなかったでしょう。
宇宙人が乗るUFOは江戸時代のお椀型UFOの目撃がありますが、あれはダサイ、当時では最先端でしょう。
At the UFO, the sky floating boat could only have been thought of as a ship that descends from heaven.
UFOs carrying aliens have been witnessed in the 19th century, but that is not smart, which is probably the most advanced at that time.

神の言葉も古代では自然現象は人間の行いに起因すると言いましたが、現在では自然の仕組みを認めています。
神の言葉も、UFOも江戸時代から現代で人間の進歩と同じスピードで進化したのは、人間に主体性があるという事です。
God's Word also said that in ancient times, natural phenomena are caused by human behavior, but now God recognizes the mechanism of nature.
The reason that God's Word and UFO have advanced from ancient times at the same speed as human evolution is that human beings act independently.

そこで、霊界に問いただす事は、
So what I want the spirit world to answer is.

1. 霊体である故の別の感性を持っているだろうけど、霊界の知識は人間の経験と同じ歩調ではないのか?
1.Although the spirit will have another sensibility because it is a spirit body, Isn’t the knowledge of the spirit world the same pace as human experience?

2. 創造した各々の霊界に存在できる為、価値観が違うグループとは議論せず、安易に別次元として揉め事を起こさず、パラレルワールドを各々が創造していたのではないか?
2. Since spirits can live in each spirit world they create, do not discuss with groups with different values, easily give up as another dimension, and didn’t they created a parallel world?

3. 今やグループの数は10次元どころではなく何十次元にもなってしまい、議論がかみ合う可能性すら無いまでに隔たってしまったのではないのか?
3. Isn't the number of groups now becoming tens of dimensions rather than 10 dimensions, and aren't there no possibility that they couldn't arguing on the same wavelength?

4. この世の人に対して改めなさいという前に、初めの言葉を創った霊界の各グループに改める必要があったのではないのか?
4. Wasn't it necessary to change to each group of the spirit world who created the first words before say change to the people of this world?

5. 霊界は話し合い切磋琢磨してこなければならなかったのに、分らない者に無理やり説いて聞かすという事を避け、安易に多様性と言ってグループを創造し続ける事に甘んじていたのではないか?
5. Notwithstanding the spirit world had to discuss and improve, escape from forcibly teaching people who don't understand, don't they continue to create a group with ease and diversity?

6. 霊界は自ら修正しようとせず、この世の人をプレーヤーとして傀儡として改革をしてもらおうと、各々のグループがこの世の人に押し付けていたのではないのか?
6. As the spirit world does not try to change oneself, wasn't each group thrust on the people of this world to make reforms the another world with the people of this world as a player or a puppet?

7. 永年の意識は本能に組み込まれたから、創造した環境を更地には出来ないだろうけど、優越心を捨てる事は出来る筈であり、 そこでせめて霊界は意識が読めるのだから、隠し事の無い事実を突き合わせるべきではないのか?
7. Since long-standing consciousness was built into instinct, the created environment will not be reclaimed, but you will be able to abandon your superiority.  So at least the spirit world can read consciousness, so shouldn't we match the facts that are not hidden?

8. 人間が潜在意識に影響されるという事は、霊界の意識に影響されるという事ではないのか?
8. Since human being affected by the subconscious, Isn't human being affected by consciousness of the spirit world?

9. この世の意識が変わらないのは、潜在意識が影響しているという事ではないのか?
9. The fact that this world’s consciousness does not change, Isn't that the influence of subconsciousness?

10. この世の犠牲が多大になっているのに、更に神の言葉が人間の経験に応じて変化しているのに、霊界の意識が変わらないのは、閉じこもれる自分達だけの各々の環境を創造できているからではないのか?
10. Even though this world has a great sacrifice, Furthermore, even though God's Word is changing according to human experience, Isn't the spirit world's consciousness dose not changing because they are able to create their own environment of being confined?

11. 古代日本は森羅万象の波長を読み取り、あの世とこの世が共生していたのではないか、それは火山列島が及ぼす磁場の状態で通じ易かったのではないか、その叡智より上に立とうとして、新しい言葉を理由付けしたのではないのか?
11. Ancient Japan has read the wavelength of all things, so isn't the another world and this world were symbiosis? It might have been helped to communicate with the state of the magnetic field exerted by the volcanic archipelago, Wasn't he trying to become God by adding new words to that wisdom?

ああつかれた
古代を彷徨い続けてもう25年(2015年)も経っていました。 
立場の数だけ歴史が出来るのだから、今となってはもういくら調べても確証は得られないと気付き、愛知・長野から隠岐、対馬、四国、鹿児島県まで神社を周って集めた栞(由緒書)を全部、本もほとんど捨てました(1999年)。
しかし諦めきれず、また本を買っているしだいです。 
そして当時の人となりを推測して人物史を当たり前に筋立てることにしました。 
西暦のない古代史は、時代背景が確定しないので、おじいさんとおばあさんの話と変わらないのです。
必要なのは鬼が誰で、どの様な環境が鬼にされたか、鬼は永久に鬼で誰も助けないのか、負けた民族はどうなるのかを、飛行機事故の調査の様に、間違いを繰り返さないように、本当の歴史が必要と思う。

古代の人と、現代の人の行動の思考は、すなわち脳は進化していないと思います。 
動物の種類でいくら教育しても限界がある様に、人間の脳も限界があり、進化できないと思います。
だから歴史はくりかえし、戦争が無くならない、犯罪が無くならない、ルールが守れない。

縄文人は、遺跡を見ると、1kmと離れていない距離で、全く違う部族が暮らしていたようです。 
また、新しい文化も縄文人が主導的に取り入れていたようです。
日本語が無くならなかったのも、その証です。
新しい文化が入ってきても、それに勝る根幹があったと思われます。 
巫女に降りてくる神霊の言葉が根幹になっていたかもしれません。 
水面に移る顔を見て、地震、雷を見て神を想い、畏れ、神の御意志を察して、生贄もして見ましたが、災害も食料も思うようにならず、巫女に神の御意志を尋ねると、先祖霊が先祖霊の解る範囲内で助言してくれました。 
現代では地震や雷の畏れが、高次元に替わりました。 
現代では自然を解明出来た為に、自然の神の代わりに高次元を創り、そこにいる神に救いを求め、動物として自力で生きようとしないのです。
神の助けを得る為の生贄の替わりは何になるのでしょうか、自虐でしょうか。 

天照大神は最高神霊である太陽神の分け御魂を宿す人、分け御魂だから、同時期に日巫女が複数居る場合は、和御魂、幸御魂、奇御魂、荒御魂、と呼び分ける。 
星神の中心の北極星天之御中主。
鳥が種や神霊を運んでくるので鳥居、鳥居の上に石を投げるのは妨害。(鳥居之祓ー神の在座鳥居に伊禮は此身より日月の宮と安らげくす) 
蛇が脱皮して生まれ変わるので永遠の命。 
巫女に正しい神霊と、悪い神霊が憑くので、審神者が判断する。 
男王が巫女に神意を聞き、男王がまつりごとをする。
鏡は魂を吸い取るので割って魂を抜く。 
悪い憑き物を土偶に移しその部位を壊す。 
罪を人形に移し、人形を罰する(効果が無い場合は身分の低い者か、敵対する者に罪を移し(傀儡)祟りを自分から逸らす)。
真逆の嘘を本当にする(鷽替え・ウソカエ)。 
神の助けを得る為に生贄を捧げる。 
現代も形が違うだけで同じことを繰り返しており、だから未来も見えてくる。
これからも永久に無情がつきまとう。 

歴史は解明不可能だけど、先人が経験した命を無駄にせず生かしたい。
歴史が改ざんされているという事は、勝者が事実を隠したい証しといえる。
部族対部族の争いと考え易いが、親子、兄弟、巫女間、男女間の争いから、そこに他部族に応援を求める争いも多いと思える。後に部族間争いと言われるが発端は違う。

707年7月と708年1月に、山奥に隠れて禁書を隠し持ち、百日経っても自首しなかった者は刑罰を与えると発令し、713年には各国に風土記を編集し提出させている。
平安時代になると、神は仏の化身であると権威が仏教へ移る。
平安時代、鎌倉時代に信者が各地に八幡宮を勧請し新しい神が流行る。 
江戸時代には稲荷社が広まる。
神仏でも流行で左右するのに、人の脳には揺ぎ無い神となる。
たとえ禁書が残っていたとしても、そちらの正義であって真実とは証明できない。 
見聞録も思い違いや、嘘の情報を聞いている方が確立は高いと思える。 
各人が根拠を持って証明しているが、根拠を当てはめる為、歴史を知りたいのではなく、根拠(歴史)を創っている様に感じる。

古代史に興味をもった人が古代史に入ろうとすると、くどくどしさに嫌気がさして歴史を見ようとしなくなる。
記紀神話が作り話だから、古代史研究を始めたはずなのに、現代の事は疑うのに古代の大筋は疑わず、大家の神話の解釈を妄信するのは、脳はどういう傾向に働くのか、史実探求に絶望の憾がある。 
夜空の古代史は状況と人物像を当たり前に筋立てて、このような流れではないだろうかという提案です。
先人は本の為に生きたのではない、重箱の隅を突いて話を広げる為に生きたのではない。
その命に礼を尽くすのではなく、自尊心の為に利用されています。
その経験には耐えがたい悲しみがあったにも関わらず、一部の弁が立つ者の栄誉の為に打ち消され、先人の命が役に立たないのです。

人間の性悪性を自ら認めているからこそ、してはいけない事も判るのです。
過ぎた事は仕方ないからこれからが大事だと聞こえの良い事を言いますが、過ぎた事を伝えていかないと何度も繰り返す事に成ります。
当たり前にしてはいけない事を人間は繰り返しするのです。
生物は経験をリレーして生存していくのです。
作為を入れず正しく歴史を伝える事が、民族の知性・精神・人間味になるのです。
自分では気づかない民族性ができた要素が見えて、自分が見えてくるのです。
現代の古代史研究の先には何があるのでしょうか。


意欲の強い者が皆を扇動し、多くの民を荒波に引きずり込み、正義と主張する。
思い通りにならないので、本当の事を言う者が潰され、浅知恵で自意識過剰の者が主導する歴史を繰り返し、正しかった言葉が消されていく。 
時にはブッタやイエスやマホメットなどが世直しをしようとするが、権力者にとって世直しとは皆が本当の事を知る事であり、権力が無くなる事であるから、世直しが出来たためしがない。
誰もが地位や名声を欲しがるから、本当のことを明らかにしようとすれば、消されてしまう。
価値観を一つにするには、全知全能の神が現れて発言しない限り不可能なのです。
しかし、全知全能の神は、人間の未熟な知能が創った悲哀です。

権力者は皆から税金を集め皆の為に税金を使って皆に施しをする。
言い換えれば、執事(権力者)は主人(皆)から金を預かり主人(皆)の為に必要な仕事をする。
立場もすべき事も逆にあることさえ気づかない。
植物や動物と同じように人間も力の無い者を切り捨てて自らの種族を保ってきているのに、自分達人間は助け合い動植物を保護していると、まるで神と同じ意志であると、自分を崇め奉っている。
偽証された歴史を明らかにすることによって人間を知ることが出来る。
人間は嘘を吐く動物であり、正直者は潰されてしまう、植物や動物と同じで人間は特別ではないと崇高ではないと、神に近づくなどという発想自体が浅い知恵を持った愚かゆえの発想であると気付く第一歩が、神という枠から出て意識の幅を広げる事に成る。

この宇宙に人間が居ても居なくても、恐竜が絶滅したのと同じように、たとえ地球を破壊しても、宇宙には何の問題も無いと気付くことが、知恵を持ってしまった人間の悲しみでもあり、意識の進歩の一歩目でもある。 
動植物はそれぞれの集団の意識の知恵がある故の生態なのかもしれない、人間は個々に自ら生態をふびんに進めているのかも知れない。
人間だけが、絶望し、そこから気力を見い出し、再び悩み迷い同じことを繰り返し続ける。
宇宙から見れば何でもないのに。
未来から見れば変えられてしまう過去なのに。
物も権威も壊れるのに。 
隠し事の無い魂だけが、怯えることがなく、この上なく幸せなのに、なんで、はかりごとを巡らすのだろう。

本当の友は、本当の幸せは、今の時代では、便利な世では、社会福祉がある世では、お金というもの使えば、国というものが出来てしまったら、薄れてしまうのだろう。
ひと休み
スコットランド民謡の Auld lang syne の曲は、 ヘブライ人のダンサーたちによってスコットランドに伝わったダンスの中からきているそうです。 その曲にロバートバーンズが詩を入れました。 世界各国で翻訳され、年明けに歌われています。 日本では編曲され詩を替えて「蛍の光」で知られています。
ここでは 青字がScottish 黒字がEnglish ロバートバーンズの詩を和訳 で書いています。


Auld lang syne   
Should auld acquaintance be forgot and never brought to mind?
Should old acquaintance be forgotten and never brought to mind
古くからの友のことを忘れて思い出せないなんて、あると思う?
Should auld acquaintance be forgot and days of auld lang syne?
Should old acquaintance be forgotten and of old long since
古くからの友が思い出を忘れ去るなんて、あると思う?
For auld lang syne, my dear, for auld lang syne,
For old long since, my dear, for old long since
過ぎ去った時と、懐かしかった頃の為に、 友よ
We’ll tak’ a cup o’ kindness yet, for days of auld lang syne.
We’ll take a cup of kindness yet, for days of old long since
変わらぬ友情の為に祝杯を交わそうよ、 流れた時を埋める為に
We twa hae run aboot the braes, and pulled the gowans fine.
We two have run about the slopes and picked the daisies fine
二人で丘を駆け回り、 ヒナ菊をたくさん摘んだよね
But we’ve wander’d many a weary fit, since days of auld lang syne.
But we’ve wandered many a weary foot since days of old long since
あの頃は、 足がくたびれるまで歩き続けたよね
And we twa hae paidl’d in the burn, frae morn’n sun till dine.
And we two have paddled in the stream from morning sun till dinner
そして、日の出から、夕ご飯まで小川で遊んでいたね
But seas between us braid hae roar’d since days of auld lang syne.
But seas between us broad have roared since days of old long since
荒れた海が二人の間に横たわっているような時もあったね
For auld lang syne, my dear, for auld lang syne,
For old long since , my dear, for old long since
過ぎ去った時と、懐かしかった頃の為に、 友よ
We’ll tak’ a cup o’ kindness yet for days of auld lang syne.
We’ll take a cup of kindness yet, for days of old long since
変わらぬ友情の為に祝杯を交わそうよ、 流れた時を埋める為に

And surely ye’ll bee your pint-stoup, and surely I’ll bee mine.
And surely you’ll buy your pint cup, and surely I’ll buy mine
きっと、 ビール腹になってしまうよ、 僕もね
And we’ll tak’ a cup o’ kindness yet, for auld lang syne. 
And we’ll take a cup of kindness yet, for old long since
そしてまた、 変わらぬ友情の為に祝杯を交わし、流れた時を埋めようよ
And there’s a hand , my trusty fiere, and gie’s a hand o’ thine.
And there’s a hand my trusty friend and give me a hand of yours
さあ、友よ手を取り合い、流れ去った時を取戻そう
And we’ll tak’ a right gude-willie waught for auld lang syne.
And we’ll take a right good-will draught for old long since
流れた時を埋める為、 心を通わせよう
For auld lang syne, my dear, for auld lang syne.
For old long since , my dear, for old long since
過ぎ去った時と、懐かしかった頃の為に、 友よ
We’ll tak’ a cup o’ kindness yet, for auld lang syne.
We’ll take a cup of kindness yet, for old long since
変わらぬ友情の為に祝杯を交わそうよ、 流れた時を埋める為に
For auld lang syne, my dear, for auld lang syne.
For old long since , my dear, for old long since
過ぎ去った時と、懐かしかった頃の為に、 友よ
We’ll tak’ a cup o’ kindness yet, for auld lang syne.
We’ll take a cup of kindness yet, for old long since
変わらぬ友情の為に祝杯を交わそうよ、 流れた時を埋める為に